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独裁者のためのハンドブック

週刊東洋経済の書籍レビュー欄で紹介されていたので衝動買いしてみた。読了。

独裁者のためのハンドブック

独裁者のためのハンドブック

 

 タイトルや帯は非常に扇情的で、ともしたらネタ的な本に見えてしまいますが、中身は非常に硬派。

多くの国や組織で、権力というのはどのように構築されるか、そのために必要なものはなにか、各国の独裁者の事例を元に解析している本です。

もちろん反語的な意味で、いかに一般市民が幸せにすごせ、一部の権力者が利益を収奪するような社会を無くせるか、というのが本書のテーマです。

 

独裁者にみられる共通項として、本書では以下の5つが提示されています。

  1. 盟友集団は、できるだけ小さくせよ
    →リーダーが権力を維持するために必要なキーパーソンや利害関係者を、できるだけ少なくする
  2. 名目上の集団は、できるだけ大きくせよ
    →取替えの効く運命共同体…多くの場合は国民…はできるだけ多く確保する
  3. 歳入をコントロールせよ
    →利益の分配について大きな権限を持つ
  4. 盟友には、忠誠を保つに足る分だけ見返りを与えよ
  5. 庶民の暮らしを良くするために、盟友の分前をピンハネするな
    →4・5で一対で、誰よりも盟友に対して手厚くケアすることが大事。さもないと寝首をかかれる。

これらを上手く守っていれば、たとえ外部からは破綻しているようにしか見えない組織や国家であっても、体制を維持できる、としています。(北朝鮮が、まさにその典型例ですね)

逆に、どこかしらにほころびが起こった国は、体制の崩壊に進みます。アメリカからの経済支援が減少し、リーマン・ショックに起因する不景気も合わさり、体制を維持し反乱を抑えるだけのお金が不足したためにアラブの春により失墜したエジプトのムバラク政権がまさにその一例です。

 

本書中では、色々な観点からいかに権力を手にし維持するか、その方法について書かれています。

その中で個人的に驚いたのが、貧困国ほど経済支援が国民の為にならない、という指摘。多くの貧困国は政治体制に問題がある(概ね独裁者が利益を収奪している)ため、そういう国に経済支援をしても、国民には行き渡らず、そのほとんどを独裁者がわがものにしてしまう、と。

つまり経済支援は、困窮した国民を助けるどころか、国民が困窮する原因を作り出している張本人の独裁者への金銭支援に結果的になってしまい、独裁政権の維持に力を貸すことになってしまう。この観点は個人的には今まで思い至らず、目からうろこでした。

 

また、民主主義的な国家ほど戦争を起こしにくくなる、という指摘も新鮮でした。

成熟した民主主義国家は、多くの国民に富を分配する必要があり、失敗すれば大きく富を毀損する可能性のある「戦争」という行為については非常に厳しい目を向けられます。成功すればまだしも(まあ戦争することを良いこととはいえず「成功」ってなんだ?という意見もあるでしょうが)、失敗してしまったら基本的に政権が倒れます。

なので、多くの民主主義国家ほど戦争には踏み込めず、戦争を起こすとしてもアメリカのようにほぼ100%の勝因がある時のみ行う。

逆に独裁国家については、国民への富の分配を意識する必要が薄いため、究極的には独裁者自身にとってメリットがあり、たとえ敗れても体制崩壊の心配が無いのであれば戦争に踏み出してしまう。

アメリカや西欧諸国が、多くの国に対して「民主化」を求める理由が、この指摘によってようやく理解出来ました。

 

この本は民主主義をとにかく良いもの、という前提で論理を組み立てている部分があり、根源的な部分に対する疑問は無いわけでもないですが、権力の構造について非常に分かりやすくまとめられている本だと思います。350ページとそれなりに文量も多いですが、表現は平易で、事前知識がなくても一気に読み終えられます。