努力と結果
前に居た会社で、同僚とランチの時とかに
「休日にMongoDBのgeo index機能を使ってアプリを作ってて……」
みたいな話をしたら、同僚の韓国人からも日本人からもこぞって
「仕事以外の時間にプログラミングをするなんてありえない。(プププ」
みたいな反応が返ってきた。
- プログラムはオタクがするもので、基本的に格好わるい。
- 休日は自分のプライベートを充実させたい。
という考え方が彼らの根底にある上での反応と理解しています。
まあ僕も仕事とプライベートのオンオフはハッキリさせたいタイプですし、休日に仕事に関係ある事をすることが偉い事とは思ってはいないです。
しかし思うのは、正直言うとその時にランチで話した面々は明らかに僕より仕事が出来ない人たちで、影でも表でも努力をしているとは思えない人たちでした。そういう人たちが群れて精神的に多数派に属したところで、彼らの人生に最終的にプラスになるとは思えなかった。
ちなみに休日のプライベートワークを使って身につけたMongoDBの知識は、その後多くのプロダクトに活かされ、結果だけ見ても非常に実益がありました。
とはいえ努力している人は当たり前のように努力してます。
今の会社では、とにかくプログラムが好きで好きでしようが無いというタイプの人が居て、その人の技術力や作り出すものは圧倒的です。自分の好きな事に没頭する人に、僕みたいな半端なサラリーマン的な関わり方をしている人がなかなか勝てないのも揺るがない事実です。
しかし、あまり仕事で冴えない人が、「休日にプログラムの勉強をしていて…」みたいな話を聞くと「えっ!お前が?そんなに時間かけて努力してるのに仕事に全然役立ってないじゃん……」みたいな事を思ったりもします。(口には出さないけど)
時間をかけて努力をしても、やはり結果が出せないとダメですね。
結局のところ、結果によってその人の見方が変わり、その人の歩んできた努力の道のりが肯定されるのも否定されるのも結果次第という気がします。