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アイ

貧困


僕にとってデジャブというか、「これは僕のことなのか?」と思うような内容が多くて目を奪われました。僕が子供のころは日本がまだ豊かだったこともあって僕のような境遇は少数派でしたが、今ではこれが当たり前の風景になっているとしたら悲しいですね。

子供の頃、今振り返ると、自分の家よりも貧しい家庭というのを探すのが困難で、徐々に徐々に、大きくなるにつれ自分の置かれている境遇を理解するようになりました。でも、親がマジメな人たちだったのでかろうじて人間として道を逸れる事がなかったことは、不幸中の幸いというか、恵まれていたのだと思います。

 

 「上と下」の差を思い知ったのは、彼や彼女らが受験する高校を決める時だった。

 昨年度、とても優秀な男の子がいた。ユミさんは、彼がより偏差値の高い高校を志望すると思っていた。ところが、本人は「滑り止めの私立を受けられないから無理。都立は安全圏で」と言った。本当は彼は挑戦がしたかったらしいと、後で知った。

  自分だったら、当たり前のように「私立を滑り止めにして、都立は冒険しよう」と考え、親もそれがいいと言っただろう。彼らと自分の違いは、人生に選択肢があるかどうか。

 お金は人を幸せにはしないが、不幸せになることを防ぐことができるかもしれない力があると思っています。その際たる理由は、選択肢を広げる力、もしくは狭めないで済むかもしれない力を持っているから。実際、手元にお金が無いと、挑戦をしたりすることができず、極力安全圏の範囲を自分で探してしまいます。

僕も社会人になって自力でそれなりのお金を稼げるようになるまでは、与えられた少ない選択肢の中から超保守的に細々と道を選ぶ(もしくは諦める)という後ろ向きな人生しか歩めませんでした。

 

 森山さんは「人脈、情報、お金など、子どもたちはあらゆる社会資源から孤立している。その結果、コミュニケーション力が低かったり協調性が乏しかったり。就職などの場面で不利になってしまう」と指摘する。子どもの貧困支援の現場で最も足りないのは、お金や物よりも人だという。「子どもはいろんな大人の力を借りて成長していくもの。その人脈の欠如が、格差の一番の根っこにある。多くの人に、貧困支援に関わってほしい」 

 授業の後、ユミさんは驚いた様子で渡辺さんに報告してきた。彼女が卒業した高校は私立の有名校で、同級生たちの夢は「医者になる」や「海外で活躍する」。なぜこんなに違うのか。ユミさんは「お金だけじゃない。育つ環境や、周りの情報量が全然違う」と語った。渡辺さんは「差を知って、その原因にまで気付く力に驚きました」。

僕は子供の頃を振り返って、貧乏だからといって後悔する事は無いけど、唯一後悔するとしたら育った環境の色々な意味での貧困さ。親は仕事で忙しく、ともに中卒のため言い方は悪いですが教養もなく、近所づきあいも少ない中で黙々と割に合わない小銭を稼ぐ仕事をしていました。

結果、その子供としての僕は、色々な大人やまわりの人と接する機会が極端に少なく、色々な局面で孤立し、頼れる人もなく、八方塞がりになり、得られる情報が少なく結果として選べる選択肢も少なく、道を失う事が多かったことです。結果として、今ボクの周りにいる人たちにくらべて極端に若い頃に経験した事の幅が狭いし、経験値も少ないことに気づきます。

色々な人の少年少女時代の話を聞くと、僕の感覚だと「え、そんなこと大金持ちでもないのに経験できるの?」「それが当たり前なの?」とかいう風に感じてしまう事が多いのですが、それもまた、ひとえに家が貧乏だったことによるのかもしれないと思ったりします。

 

身近な貧困を知らずに育った「上の子」が、貧困の存在に気付くのには、三つのパターンがあるという。

 (1)学校の授業。大学を中心に、国内の貧困問題を取り上げる例が増えてきた(2)学習塾でのアルバイト。同じ学力の生徒でも、より多くお金を払って授業数を増やして成績を伸ばす子と、授業を増やせず伸び悩む子がいて、所得の差に気付く。父親の所得が減って塾を辞める子もいる(3)同級生の進路。自分より成績が良い子が、お金で大学進学をあきらめるのを見る。 

 2,3については僕も似たような境遇を経験しており、周りからは「あいつは家に金が無い」という事がバレバレだったのかもしれませんね。今思うと。

 

しかし、じゃあこの記事にあるように「下」にある人たちは「上」に上がる事が難しいか、っていうと、そうでも無いんじゃないかと思います。今はインターネットが普及し、今まで上流階級の人が独占していた「情報」が民主化され、たとえばインターネットにさえつながれば外国の高度な大学の授業を拝聴できたりもします。努力と才能次第です。

この記事は、記者にはそのような意図は無いかもしれないが、ことさら「上」と「下」の差をあげつらい、「上」と「下」には明確に差が存在するということを強調したうえで、おそらく「上」に居るであろう自分の立場に安心しているのでは無いかと思います。正直胸糞悪いです。

そのような人たちの鼻をあかすためにも、貧困には負けてはいけない。家が裕福であるかどうかに関わらず才能のある人がその才能を最大限発揮できるような世の中で有って欲しい。実際のところ苦しいことも多々経験することにはなるとは思うけど。