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CDの日に関わる話

8月17日はCDが初めて作られた日ということで「CDの日」らしいです。

さすがに僕程度の知識でも「CDはカラヤンのベートーベン第九が収まるように作られた」というのが俗説だというのは知っていましたが、SONYの社史のページを見ると色々感慨深い思いになります。数十年前は、日本のテクノロジー、そしてそれらを作り上げていた人たちは、世界のトップランナーとして最前線で誇り高き戦いをしていたのだな、と。

そして、CDという規格を作り上げる上で大賀典雄さんの存在がとても大きかったのだということも感じます。

www.sony.co.jp

両社(註: PhilipsSONY)の間で論議になったテーマの一つに、量子化ビット数の問題があった(中略)。当初フィリップスは「14ビット」と主張した。これに対しソニー、中でも土井は、「16ビットでなければだめだ」と強く主張して譲らなかった。当時、14ビットは実現が容易であったが、16ビットは技術的にも価格的にも至難の業とされていた。21世紀になっても通用するシステム——このためには、少々無理をしても16ビットにチャレンジするべきだと土井は信じ、ためらっている社内外を説得した。 

他にも「記録時間は60分、ディスクの直径は11.5cmでどうだ」とフィリップスが主張すれば、「いや、75分、12cmでなくては」とソニーも譲らず、話し合いは白熱する。万事こういった調子だった。 
(中略)
ソニーは音楽ソフト面から議論を進めた。音楽家でもある大賀から決定的なひと言があった。「オペラの幕が途中で切れてはだめだ。ベートーベンの『第九』も入らなくては。ユーザーから見て合理性のあるメディアにしなくては意味がない」。これは75分あれば大丈夫だ、ということを意味していた。さらにクラシック音楽の演奏時間を調べてみると、75分あれば95%以上の曲が入り、直径12cmは必要ということになる。

どうにかまとめた規格提案を前に、中島とフィリップス側の代表ボーゲルス氏は、2人でこういう話し合いをした。「これは自分たちがやった、あれは自分たちがやったのだということを一切言わないことにしよう」。「コントリビューション イズ イコール」、両社の貢献度は同じということである。 

エジソンのホノグラフ発明から100年余、レコード技術は、大体四半世紀(25年)ごとに、大きな技術革新を迎えてきた。円筒方式から円盤レコードへ、電気式レコードの登場そしてLPレコードへ、モノホニックからステレオへ。そして100年目にデジタルオーディオ技術が花開いた。

 

CDとカラヤンの結びつき(俗説含め)というのは、僕はその時代を代表する音楽家だから、という意味合いが強いと思っていたのですが、以下の大賀さんのインタビュー記事を読むと大賀さんとカラヤンは個人的なつながりが深く、非常に縁のある方だったんだなと知りました。

www.musicman-net.com

 

−−ヘルベルト・フォン・カラヤンもCDを開発するときに大きなサポートをしてくれたそうですね。

大賀:カラヤンは非常に感受性が強く創意的な人で、私どもがCDを開発していると聞いたときから「これはレコードインダストリ―の救世主みたいなものだ」と言ってくれたんです。実験段階からその音質を理解していました。

−−大賀さんはカラヤンさんと家族のようなお付き合いをされていたんですね。

大賀:カラヤンはいつも私に手紙を送るときに「Dear my co-pilot Norio(親愛なる副操縦士 典雄へ)」と書いてくるんですよ。私も「Dear my captain」と書いていたのですが。彼もジェット機を操縦するんです。カラヤンの所に着くと「今日は何を操縦してきた?」とまず初めに質問するんですよ。

経営者でもあり、音楽家でもあり、カラヤンはじめ当代の大音楽家との親交も深かった大賀さんが、音楽における革命的なプロダクトに情熱を注いだ結果、CDという形でデジタルサウンドが萌芽した、というのは胸熱な話です。

0/1 の世界で情報が扱えるようになることで情報のポータビリティが飛躍的に向上し、結果として今まで以上に多くの人が良質な音楽に触れることができるようになりました。

CDはデジタルサウンドの萌芽ではありましたが、その流れの先にはAppleによるiPod/iTunes~iPhoneを通じた音楽流通の革命があり、SONYが自分自身が創りだしたその流れに乗り切れず凋落をしてしまうというのも、皮肉なものです。

そして、iPhoneが世界で初めて発売されたのが2007年。25年のサイクルで変革が起こっていた音楽の世界は、綿々と伝わるその法則に則る形で、CD発売開始(1982年)から25年後にあらたな不可逆な変革を起こしたわけです。

 

先に引用した文章の中で「クラシック音楽の95%以上の曲が入る」というものがありましたが、実際のところ、CDに収まらないような演奏時間の長い曲とはどのようなものがあるのか、ついでに調べてみました。

「演奏時間が長い≒変人ジョン・ケージ」というイメージがありましたが、今は最長の音楽はジェム・ファイナーという人の「ロングプレーヤー」という曲に変わっているらしいですね。演奏時間は、1,000年......。単純計算でCD7,000,000枚くらい必要な計算。

演奏時間の長い曲 - Wikipedia

ロングプレイヤー - Wikipedia

これは2000年1月1日に演奏が始まり、予定では反復無しで2999年12月31日まで続き、始めに戻ることになっている。
「ロングプレイヤー」は20分20秒の曲をベースにしており、それをコンピュータが簡単なアルゴリズムに基いて処理をする。これが膨大なバリエーションを生み出し、切れ目無く演奏すると1000年かかるのである。

なんか、「長い演奏をする」という目的を達成するためだけの曲っぽい雰囲気もありますね。演奏を聴きたい人は、以下のサイトからライブで試聴することができるようです。

Longplayer Live Stream

 

長い曲は、ジョン・ケージが作ったものを代表として変な曲ばっかり多い印象ですが、Wikipedia中の以下の1文にどうしても目が止まらざるを得ません。

小杉武久:「革命のための音楽」 - 指定どおりに演奏すれば5年と少しかかる。しかし演奏者自身の眼を摘出しなければならないため、未だに演奏されたことはない。

ドウユウコト...

もう少し詳しく調べると、「革命のための音楽」とはこういう曲らしい。

「最長の曲」は何か? - shunnichi-miki1988 ページ!

小杉武久(一九三八~)の「革命のための音楽」もそうした中の一つだ。“曲”の内容は「まず片目を抉りだし、五年後にもう片方の目も同じようにする」というものである。

なんか凄い。それによって表現されるものが何なのか知りたいが...、まあ目をくり抜く姿は見たくもないので。

どんな規格を作っても、その枠にはみ出る人は当然居て、はみ出した人たちの様相を眺めるのはたいそう知的好奇心をくすぐられます。

 

最後に、世界ではじめて発売されたCDの中から、一曲。

www.youtube.com

 

audiof.zouri.jp

1982年10月1日、世界初となるSONYと日立・DENONのCDプレーヤーの発売にあわせて、CBSソニーとEPICソニーから50タイトル、日本コロムビアから10タイトルのCDソフトが世界で初めて発売されました。この中で最初に生産されたのはビリー・ジョエルの「ニューヨーク52番街(35DP-1)」で、世界初のCDと呼ばれています。 

ヨーロッパでのCDの販売は日本より少し遅れて、西ドイツで10月15日からスタートしますが、生産は逆に日本より少し早く、西ドイツのハノーファのポリグラムの工場で8月17日から開始されています。最初に生産されたのはABBA(アバ)のアルバム「The Visitors (800 011 2)」でした。このためヨーロッパでは「The Visitors」が世界最初のCDだと言われたりしています。