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アイ

後悔

僕の人生の中で、後悔すべき事はたくさんありすぎて、すでに大半は忘れてしまいましたが、多分しばらくは忘れる事が出来ない出来事があります。

日付も、時刻も、いまだに明確に覚えています。

 

2012年5月4日、世間的にはゴールデンウィークでお休みの時期なのに、上司の拙いプロジェクト運営のために社畜的に会社で仕事をして、目の前の仕事に集中するために携帯電話のバイブレーターをオフにして作業をしていました。

20時すぎに、トイレに向かう際にその日初めて携帯を開いたら、100件近い不在電話の跡と、大量の未読メール。

「お父さんが脳卒中で倒れました。状態は相当悪く、今集中治療室で治療中です。今すぐ病院に来て下さい」という、母からの悲痛なメールが、何通も、何通も。

この時の全身に悪寒が駆け巡った、その感覚は、忘れようにも忘れられません。そして、こんな大事な時に、社会に対して何にも役に立たない、上司の不備を埋めるだけに招集されたクソみたいな仕事に従事していた自分に対して、心から後悔の念を覚えました。

その後タクシーで実家にかけつけ、病院に行き、母とともに不安な時間を過ごし、まともに眠れない状態で数日疲弊したあと、これ以上父に付き添っていても急に症状が改善するわけでも無いと6日にいったん解散。よせばよいのに社畜な僕はその足で再度会社に訪れて仕事を一通り片付け、心身ともに沈みまくった中の帰り道、ちょうど夕方に外に出た時に、その時見た夕焼けがとても綺麗だったことをとても覚えています。

 

この一連の経過を、上司にメールで伝えました。父親の症状は危篤の状態であり生命の予断を許さない事、たとえ命をとりとめても元の健康な状態に戻ることは期待できないこと、などを。

その時の返信いただいたメールの冒頭には「おめでとう!!」と書いてあり、本当にこの時ほど、その意味、そして人間という生き物が理解できなかった事はありません。

その上司は「◯◯さんが仕事を抜けだしたせいで、スケジュールが何日も遅れました。責任とってくださいね」というような事を重ねて伝えてきたりするような人ですが、「おめでとう」という冒頭の言葉で僕の心は何重かに壊されてしまい、もうそのような些細な内容では心は動きませんでした。

 

その後は、一応プロの勤めとしてそのプロジェクトは最後まで責任をもってやりきり、完了したあとは打ち上げなどにも参加せずプロジェクトのメンバーとは出来る限り距離を置き、すぐに会社を辞める気持ちもありましたが会社自体には恩義があったので上司の上司に直接掛け合い部署を変更してもらい、9ヶ月ほど、その会社に在籍しました。あわせて、奇跡的に意識の戻った父親の介助のため毎週末に病院に通い続ける日々が、退院まで続きました。

父親は2012年末に退院し、今は自宅介護中です。母は献身的に介護をしています。僕は彼女の血を引き継いでいるのでしょうが彼女も僕に似て非常に生真面目で最初のころはひたすら無理を続けていましたが、最近は少し力の抜き方、サボり方を覚えてきて、少し安心しています。そして僕は僕で、本当に辛いのは父であり母であることは頭ではわかっているのですが、いろいろありすぎて、心が健康に戻ったなと実感できたのは、2014年の中頃。それまではずっと後悔の念を引きずり続けていました。

 

後悔の念とは、今振り返るとこういうものです

  • 人間は誰でもいつか死に、幸せだった時間はいつまでも続かない。頭ではわかっていても、人間は日常に甘え、そのことを忘れてしまう。日々の幸せが二度と戻ってこないとても貴重なものであるという事を、日常の中では見失ってしまう。
  • 自分にとって大事な人の幸せを願い、ともに泣き、ともに笑い、困っている時には助ける。そんな当たり前の事を日々送る、それに勝る大事なことは人生の中には無い。しかし日常に甘えて、そのことを容易に見失ってしまう。
  • 誰かの犠牲のもとに成り立つ成功や幸せというものは、かりそめのものです。その人その人、個人個人の生活が豊かで満たされている事が何よりも勝ります。個人の幸せが満たされていないかぎり、集団の幸せはない。社畜的に献身的に仕事に打ち込むことも尊いケースももちろんありますが、本当にその人が大事だと思っているものを捨ててまで行うべきでは、ない。

今後の人生の中で、同じような後悔は、できればしないような生き方をしていきたいな、とは思っています。しかし、人間というのは弱い。僕は正直のところ、確信を持ってそう生きていけるとは、思えていません。