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内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造

 

内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造 (朝日新書)

内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造 (朝日新書)

 

 当初の中で、タイトルに有る「やらせ・捏造・情報操作の構造」についてダイレクトに記述されているのは第一章や第三章の一部のみで、それ以外は作者自身がテレビ業界で行ってきた事がいかにすごくて正しいかを滔々と述べている本でした。

個人的にはタイトルに偽りを感じる本で「NHKのニュースが民放のように視聴率中心主義になってしまった」と嘆く割には、なぜ実態を表してない人目をひきやすいタイトルにしてしまったのだろう、と素直に思います。

 

作者はドキュメンタリー畑の人で、ドキュメンタリーがいかに大事で価値が有るか、について、自らの成功体験も交えて当書の中では多くのページを割いて語られています。

その中で、「わかりやすい物語」を追い求めて取材前に考えた安易なストーリーの基創りだされるドキュメンタリーを否定し、「取材の中で予想外の事実を拾い集めていくのがドキュメンタリーの醍醐味」と語っている箇所があります。

文面を見る限り同意できそうなのですが、実際のエピソードは、実際取材してみると「よりユーザーを惹きつけ扇情させられそうな衝撃的なシーンが見つかることがあるので、それを使う」というふうに考えているようにしか見えないケースが挙げられていました。

 

例として、ネットカフェ難民を取り上げたドキュメンタリーの中で、ある少女が日雇い派遣会社に電話をかけたあと握りしめた手帳の中に「我慢する」「強くなる」といった文字が書かれていることに気づき、ドキュメンタリーの中に象徴的なシーンとして挿入した、というエピソードが書かれていました。

しかし、社会問題を真剣に考えるときに、本当に解決しなければいけない大本の問題をないがしろにし、こういう安易に情緒に訴えかけてユーザーを扇動するようなエピソードを含む意味が本当にあるのか、個人的には謎です。

作者が誇りに思っているその姿勢に「やらせ・捏造・情報操作の構造」が存在しているように見えて、暗澹たる気持ちになります。

 

作者自体はとても真面目にドキュメンタリー畑で尽力されておられるように見受けられるので、決してその業績や思想に対して否定的になるつもりはないのですが、当書のタイトルに挙げられていたような内容を論じるにはちょっと整理が足りてないのでは、と正直に感じるところではあります。