アイ

2016年の目標らしきもの

環境に応じて、必要に迫られて行わなければいけないこともありますし、周囲の環境にとらわれずに本性として行いたいと思うこともあります。

そして人は、歲月を重ね、経験を重ねるごとに、後者に対するモチベーションが高まる傾向があるのではないかな、と思います。

 

◯母親の幸せを考える

世の中すべてを幸せにできるなんて夢想はさすがにしませんが、出来る限り、身近な人に関しては自分が正しいと思う方向に幸せであって欲しいなと思います。

そして母については、元気なうちに、幸せな生活を出来るだけ長く過ごして欲しいな、と思います。

そのために具体的に何が出来るのか、何をすべきか、ブログなどで書くべきで無い内容が多いので書きませんが、今まで以上に考えていかないといけないな、と思っています。

 

◯自分の力を世の中に還元する仕組みを考える

最近ふるさと納税が流行っていて、記念品としてもらえるものを目当てに無目的に自治体を選んでいる人も多いですが(それが悪いこととは思わない)、ふるさと納税の制度は何に使われるかわからない形で有無をいわさず徴収されていた住民税などの税金を、自分で対象自治体と用途を選択できるという意味で「自分の意志を世の中に反映させる道具」としての価値があると思っています。

というか「寄付」というものは税制的にもそういう意図が含まれているという言い方もできます。

ふるさと納税の話は一例ですが、本来僕達が生きている社会と僕達自身は連続的につながっていて、しかし都市化が進み人間関係が希薄化することでそのことを忘れかけている、というのが日本の多くの若者だと思います。

その辺を再度考えなおし、世の中との接点を、自分がふさわしいと思う形で探していくことを改めて考えていく年にしたいな、と思っています。

 

社会との接点は様々な形がありえますが、個人的に今年テーマになるのは、

・ボランティアなどを通じた公共性を主眼とした接点

・自分の仕事を通じた社会との接点

・仕事などで得た職能を活かした、非営利的な活動を通じてのアノニマスとの接点

あたりかな、と思っています。

一番最後のテーマについては、昨年末になりゆきでよく分からない活動をし、小手先の結果の割には反響がありかつ自分としても面白いテーマだと感じるところもあり、自分の職能を活かした何かと文学的なものとの融合で何かができると良いのかな、とは漠然とは思っています。

いずれにせよ、昨年は個人的にはいろいろな業種の人と交流をしかなりいろいろな知見が得られた年でしたが、今まで以上にそういういろいろな人との対話をしていけると良いな、とは思います。

 

◯小銭稼ぎをしない

人間は基本さみしがりやで、常に相手からの評価を気にするし、自分がしたことに対する相手からの反応を欲してしまいがちです。

しかし、その感情にとらわれてばかりだと、小さい事をしては相手の顔色を伺い、反応が無かったり薄かったりするといらだち、相手からの反応欲しさのために本質的なことではない細かい結果ばかりに執着する、ということになりがちです。

一方、大きなことを成し遂げようとしたら、時間もかかるし、没入することも必要になります。しかし没入してしまうことに対する不安や寂しさもあり、ついつい細かい結果を追い求めがちです。

僕はこういう現象を「小銭稼ぎ」と呼ぶようにしていて、将来手にすべき大金を捨てて目の前に落ちている小銭を拾い集めるに似た行動だと思っています。

なので、今年は出来る限り、小銭稼ぎをしないようにしたいと思います。

 

仕事などでノルマに追い求められるとついつい小銭稼ぎをしがちなので、その辺の仕組みづくりも含めて、考えていく年にしていきたいと思います。

 

そして、人生を楽しんでいない人ほど、人生にとって本当に大事な事を蔑ろにしつつ、人生のいち側面でしかない「仕事」における「小銭稼ぎ」に汲々としている人を良く見かけます。そういう人の人生は否定しないけれど、僕自身はそういう蟻地獄みたいな人生を送りたいとは思わないので、自戒も込めて。

 

twitterメッセンジャーツールでの発言を最小限にする

正月などに、実家にも帰らず、twitter や仕事で使われているメッセンジャーツールに、個人的な自己愛に溢れているつぶやきをたくさんしている人をどうしても目にしてしまいますが、こういうタイプの人は先に述べた「小銭稼ぎ」をしている人だと思っています。

目標を達成する具体的な行動のひとつとして、この辺をちょっと意識しようかな、と思っています。

 

ちょっと話がずれますが、昨年、意図的に、メッセンジャーツールなどを介した非同期コミュニケーションで仕事が円滑にやりくりできるかいろいろ文体なども工夫して試してみました。しかし、僕の性格・性質には合わないであろうことがよく分かりました。

基本的には再現可能な手順であったり、ブレなく共有可能な結果であったり、といった事を書き留めるのみにした方がよい、というのが昨年の気づきでした。

そういう側面でも、twitterメッセンジャーツールのようなものへの発言の量と質を調整しようかなと思います。