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アイ

差別

差別についての議論を目にする時、僕は「あっかんべェ一休」の一節を思い出します。

 

あっかんべェ一休(上) (講談社漫画文庫)

あっかんべェ一休(上) (講談社漫画文庫)

 

koideyoko.com

謙翁「わしはおまえを何度か叩いたことがある…… あれはな、差別の心を叩いたのじゃ」

一休「差別……!? 和尚さま! 平等こそ仏法の根本…… わ、私には、そのような気持ちはありません!!」

謙翁「そうかな…… では、なぜ心の塵を払いたいという?」

一休「え?」

謙翁「なぜ浄らかな心に至りたいという? おまえが“チリ”という時“清浄”が、“浄らか”という時“汚れ”たものがおまえの心の中に生まれるのじゃ。おまえが“善き”ものと思う時、おまえの心は“悪しき”ものを生んでいるのじゃ。おまえが“美しい”と感じる時“醜い”ものを生んでいるのじゃ」 

 

さだまさしの「たいせつなひと」という歌の歌詞にも、このようなフレーズがあります。

愛ばかりを集めたら 憎しみまで寄り添う 

 

差別を無くしたい、平等でありたい、と強く思うときに、その思いが新たな差別を生み出す事があります。

「世の中には二種類の人が居ます。差別心を持つ人と、持たない人です」といった言説の中に強い差別心が内包されている、というのはよくあるレトリックです。

 

たとえば LGBT の活動。多様性を認める事が是である、という価値観は私含めて若者には自然と受け入れられる価値観ですが、そうでない、我々の親世代の価値観とは相容れないものがあります。

「男らしく」「女らしく」と長年育てられてきた人に、いまさら「性の多様性を認めろ」と迫っても、長年築いた価値観はそんなに簡単には変えられません。

その性に対する不寛容に対しても、それこそが「多様性」であると寛容に接することができなければ、心の陥穽...差別と戦う自分が、新たな差別を生み出す...に容易に陥ってしまうように思えます。

最近見かけた議論として、二次元が好き過ぎて三次元に興味がない人を LGBT の概念で語ることに対する痛烈な批判を見かけました。

togetter.com

闘争を積み重ねてきてない人間たちには、多様性は認められない、という議論。闘争を重ねてきた人とそれ以外で区別するということが、また新たな差別を生み出すように思えます。

 

差別との闘争の中で、「差別が存在しないと自らのアイデンティティを確保できない」という状況に追い込まれてしまった人たちも、我々はよく見かけます。差別と戦うようなファイティングポーズをとっているが、その実、差別的構造を無くしたくないのではないか、と思える人たち。

 

特別にそれぞれ個人的な思い入れや政治的な意見があるわけではないですが、一般論として、被差別部落に関する団体の数々や、沖縄県を舞台にしている市民運動と呼ばれる活動をしている人たち、そして最近は貧困をテーマとしている人たち。

片山さつきなど、有力政治家が「貧困者を叩いている」「差別している」というストーリーにしないと都合が悪い、もしくはそうした方が自分たちの利益になる、という圧力から、尋常とは思えない事実の捻じ曲げや言論の誘導がなされているケースをよく見かけます。そして、政治家などが有効な政策を実施せず、貧困の構造が残り続けた方が、彼らは自分たちの発言力を高めるチャンスが増えます。安易に政治家叩きをするだけで、彼らの意見は正当性を持っているように見えてしまうので。

本当に解決すべきは貧困をいかになくしていくかという事な気がしますが、どちらかというと自らの利得のために行動するというベクトルが強くなり、貧困に苦しんでいる人たちが置いて行かれ救済されない。結局差別をしているのは誰なのか、、と思わざるを得ない事がよくあります。

 

 

こんな文章を書いていますが、僕自身は「差別」というものに対して思考停止をしてしまった人間なので、本当はこういう文章を書く資格はあまり無いと思っています。

僕自身は、差別心を持たない人間になるとは思えないし、直近そのようになりたいという志向もありません。

「差別を無くす」と宣言した時に、それが聖書における「神のもとに平等」という言葉と近しい概念だとしたら、ただの人間の僕にはそれは恐れ多すぎる作業に思えます。

一休さんのように、私というものの垣根が無くなり天地と一体になるような無我の境地にたどり着けるようにも思えません。

どちらかというと、僕の身の回り、大切な人の周りで大事にされている価値観で、かつ自分が正しいと思う価値観を守るために、戦う、という姿勢を大事にしたいと思っています。そして、それを守らない人たちに対して、必要に迫られれば戦う。それを「差別」と表現されるのであれば、それで良い気がしています。