農民工
中国には都市戸籍(非农业户口)と農民戸籍(农业户口)の二種類の戸籍があり、都市戸籍を所持するひとは4億人、農民戸籍は推定で9億人いるといわれています。
そして、戸籍によって様々な制限があり、基本的に都市戸籍を持たないひとは都市(北京、上海など)に土地を所有し定住することは難しいと言われています。そして、今までは、たとえば農民戸籍を所持するひとが都市戸籍を所有するのは難しいとされていました。
中国では都市部と農村部では貧富の格差が日本では想像できないくらい大きいため、農村部の多くのひとはお金を稼ぐために都市に出稼ぎに出たり、安い粗末な部屋に住み定住したりしています。彼らのことを「農民工」と呼び、都市戸籍のホワイトカラーが行いたがらない単純労働で低賃金の作業を担う労働力となっています。農民工はおおよそ3億人いると言われています。
実際のところ、戸籍を一つに統一しようという動きは現在進行形で行われているようです。
といっても Baidu のページなどを見ても、戸籍の緩和制作は新疆や貴州などの偏狭な地域で行われており、上海や北京などでは逆に締め付けが厳しくなっているようです。
といったあたりの話は、ちょっとでも中国の情報をかじっているひとであれば誰でも知っている内容で、その内容を補完する意味でいくつか本を読んでみました。
本書は、最初の方では実際に農村に訪れて、GDP を嵩上げするために無用と思われる過度な開発を行っている現場についてのレポートや、都市戸籍と農民戸籍によって最終学歴の顕著な差があることをグラフで可視化したりしているところは参考になりました。
しかし著者の思い込みの強さからデータが不十分ななか極端な結論を振りかざす部分も見て取れ、彼の全体的な著作の信憑性にも悪影響が出るんじゃないかと不安になる内容でした。
農民工のここ10年の実情については、以下の書籍が参考になると思います。
ライターとして上海に在住している著者が、数多くの農民工と交流をすることで彼らの実像を描き出そうという、エッセイ的な書籍です。
農民工の日々の生活や、都市戸籍を持つ人間から向けられる容赦のない差別的な言葉、それらを受け止めてそれでも生きるために必死にもがいている姿などが生々しく描かれています。
個人的にびっくりしたのは、シングルマザーの子供は戸籍が認められず、かつ巨額の罰金を課せられるという事実。現在はたとえば高速鉄道を乗るのにも中国では戸籍を証明する身分証が必要ですが、戸籍が存在しないということは移動の自由すら与えられていないということを表します。本来愛し合っていたはずなのに、自身が農民戸籍であったが故にパートナーの両親に結婚を拒まれ、それでも子供を産み落とした結果経済的に転落していく様は衝撃的でした。
著者は10年ちかく上海に滞在し、農民工の方々とも長期的に関係を築いてきたようです。
その中で描き出される今昔の対比も印象的でした。
昔は都市戸籍のひとふくめ皆がそこまでお金をもっておらず格差が明るみでなく、農民工のひとたちもある程度の夢とゆとりをもって生活しているようでした。
それが中国の発展にともない、地価が上がり、物価があがり、土地の所有権をもっている都市戸籍のひとは再開発地域に選ばれると高い補填金をもらって成金になったりするひとが数多くいる中、農民工は仕事も減り給与も下がり、みるみる生活に困窮していく様が描かれています。
そして、政府は大都市からは農民工含め不適切と判断する人たちを追い出しにかかっているようです。かれらに対する救済措置は不十分なまま、あるひとはアフリカに出稼ぎにでかけ、あるひとは地方都市をさまよい、漂流する様も描かれています。
そんななか、著者は面白い指摘をします。
自分はいろいろ理不尽なことがあったら怒るし、上海にいてもよく怒っているけど、農民工の人はあまり怒っているようには見えない。と。
その理由をいくつかのエピソードで紹介されていましたが、基本的には、農民工の多くは中国はいま右肩上がりで経済成長していて、彼らの生活も我慢して働いていればきっと将来は良くなるはずだ、と信じているから。
しかし都市戸籍の人が土地成金的にお金をてにする中、自分たちにはそのような拠り所もなく、仕事も減り、給与も下がり、そのうえ物価はびっくりするくらい高騰して、生活への困窮は避けられません。
それでも、ある人は CCTV などのテレビの報道内容を信じ「中国は世界に冠たる大国になった」ことを自分の心の支えにしたりしています。
それでも、まったく改善しない生活に疲れ、日々の愚痴が増えたり、学習意欲や勤労意欲をなくしたり、そんな絶望感に苛まれ始めている農民工の姿も描かれています。
つまり、怒りが無いように見えるのは、将来への希望があったから。それらが失われたときに、その怒りは、どこへ向かうのでしょうか。
同じ中国で、同じ都市で生活をしているにも関わらず、ここまで人間模様が異なるのか、と驚きを隠せません。
そして、都市の発展に取り残された彼らが、何かをきっかけに捨て身の行動に出ることも、確かにそんなに絵空事ではないようにも思えてきます。