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アイ

シン・ゴジラ

www.shin-godzilla.jp

僕はほぼ予備知識ゼロでこの映画を見て、視聴後も知識を補って知ったかぶりをするようなこともするつもりは無いですが、そういう視点で見ても10年に1度の傑作だと思います。

いろいろな観点があると思いますが、僕は、おそらくこういう怪獣映画が生まれた根源的なモチベーションである、「異形なものによる徹底的な破壊」が完成度高く徹底的に描かれた事が、この作品の評価を決定づけていると思います。

ある人は無慈悲な破壊活動にカタルシスを感じるかもしれないし、ある人は過去の我々の記憶......たとえば3.11、たとえば阪神淡路など......がフラッシュバックされ身近な痛みとして感じる人もいるかもしれません。良きにしろ悪しきにしろ、今の現代日本・東京においてその「破壊」が行われた時にどのような事が起こるか、我々の肌感覚で理解出来る形で提示されたことが、様々な人がこの作品に対して反応をする理由なのだろうと思います。

 

とはいえ、この作品はあくまで万人が楽しめるエンターテイメント作品なので、どこまでリアルなのか、どこまで人間の本質に迫った作品かは微妙です。もちろん、そんなものに迫りたくてこの作品を作ったとは思えず、そのようなツッコミは無粋ですが。

 

「破壊」というものに対して、自分の内面の心理と誠実に対峙した作家として「堕落論」で有名な坂口安吾がいます。

当時も相当な話題と議論をよんだ作品ではありますが、今のご時世に坂口安吾がいたら、もしくは当時に 2chtwitter が存在したら、坂口安吾は大炎上し、叩かれまくり、まともな創作活動ができないくらい社会的に追い込まれていたと思います。

それくらい素直で、誠実な文章を引用して、ここに記します。

 私は血を見ることが非常に嫌いで、いつか私の眼前で自動車が衝突したとき、私はクルリと振向いて逃げだしていた。けれども、私は偉大な破壊が好きであった。私は爆弾や焼夷弾に戦きながら、狂暴な破壊に劇く亢奮していたが、それにも拘らず、このときほど人間を愛しなつかしんでいた時はないような思いがする。


(中略)

当時日本映画社の嘱託だった私は銀座が爆撃された直後、編隊の来襲を銀座の日映の屋上で迎えたが、五階の建物の上に塔があり、この上に三台のカメラが据えてある。空襲警報になると路上、窓、屋上、銀座からあらゆる人の姿が消え、屋上の高射砲陣地すらも掩壕に隠れて人影はなく、ただ天地に露出する人の姿は日映屋上の十名程の一団のみであった。先ず石川島に焼夷弾の雨がふり、次の編隊が真上へくる。私は足の力が抜け去ることを意識した。煙草をくわえてカメラを編隊に向けている憎々しいほど落着いたカメラマンの姿に驚嘆したのであった。

 

けれども私は偉大な破壊を愛していた。運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである。麹町のあらゆる大邸宅が嘘のように消え失せて余燼をたてており、上品な父と娘がたった一つの赤皮のトランクをはさんで濠端の緑草の上に坐っている。片側に余燼をあげる茫々たる廃墟がなければ、平和なピクニックと全く変るところがない。ここも消え失せて茫々ただ余燼をたてている道玄坂では、坂の中途にどうやら爆撃のものではなく自動車にひき殺されたと思われる死体が倒れており、一枚のトタンがかぶせてある。かたわらに銃剣の兵隊が立っていた。行く者、帰る者、罹災者りさいしゃ達のえんえんたる流れがまことにただ無心の流れの如くに死体をすりぬけて行き交い、路上の鮮血にも気づく者すら居らず、たまさか気づく者があっても、捨てられた紙屑を見るほどの関心しか示さない。

 

米人達は終戦直後の日本人は虚脱し放心していると言ったが、爆撃直後の罹災者達の行進は虚脱や放心と種類の違った驚くべき充満と重量をもつ無心であり、素直な運命の子供であった。笑っているのは常に十五六、十六七の娘達であった。彼女達の笑顔は爽さわやかだった。焼跡をほじくりかえして焼けたバケツへ掘りだした瀬戸物を入れていたり、わずかばかりの荷物の張番をして路上に日向ぼっこをしていたり、この年頃の娘達は未来の夢でいっぱいで現実などは苦にならないのであろうか、それとも高い虚栄心のためであろうか。私は焼野原に娘達の笑顔を探すのがたのしみであった。

 

あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。猛火をくぐって逃げのびてきた人達は、燃えかけている家のそばに群がって寒さの煖をとっており、同じ火に必死に消火につとめている人々から一尺離れているだけで全然別の世界にいるのであった。偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情。それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。

(「堕落論」)