アイ

あがり症

僕は子供の頃から緊張しいのあがり症でしたが、「平常心を保つ」という方面については経験を積むことで徐々に克服してきた感があります。多少のトラブルにも臆せず、表情にも出さずに、平常心を保つ。たとえば多数の観衆の前で話すとか。

 

ただし、「人に感情を伝える」という点では、あがり症なのは変わらず、時に素っ頓狂なことを言ってしまったり、テンパッて明らかにおかしな行動を取ってしまったりする。大事なこと、僕の気持ちを伝えたい相手にも、感情が高まりすぎて却って道化を演じてしまったり。

 

とはいえ、どんな事にも臆せず動じず、というのではちょっと無味乾燥過ぎる気もするので、多少ドギマギしてしまってもそれが人生、というくらいに達観できればよいのかもしれません。

 

こういう心境になるのは、やはり茨木のり子さんの「汲む」という詩の影響が強いのかもしれません。

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 大人になってもどぎまぎしたっていいんだな

ぎこちない挨拶 醜く赤くなる

失語症 なめらかでないしぐさ

子どもの悪態にさえ傷ついてしまう

頼りない生牡蠣のような感受性

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇 柔らかく

外にむかってひらかれるのこそ難しい