人生
最近時間がとれるようになったので、万葉集を一巻目から読み直しているのですが、個人的に心に残るのはやはり挽歌。
とくに多くの挽歌を残し、人の生命に対して深い洞察を感じさせる歌を多く残した山上憶良の歌に、今この歳になると強い印象を残すものが多いです。
巻5、804首目の以下の歌は長歌で、高校時代とかは長たらしい表現だと毛嫌いしてあまりこういうのを進んで読まなかったのですが、今あらためて読むと普遍的な内容がリズミカルに歌い上げられていて、その完成度に感嘆します。
しかし、内容については、世の中の無常を客観的に捉えた、ある種諦観を感じさせるものになっています。
世間の すべなきものは 年月は 流るるごとし
取り続き 追ひ来るものは 百種に 迫め寄り来たる娘子らが 娘子さびすと
唐玉を 手本に巻かし 白妙の 袖振り交はし
紅の 赤裳裾引き よち子らと 手携はりて 遊びけむ
時の盛りを 留みかね 過ぐしやりつれ
蜷の腸 か黒き髪に いつの間か 霜の降りけむ
丹の秀なす 面の上に いづくゆか 皺か来たりし
ますらをの 男さびすと
剣太刀 腰に取り佩き さつ弓を 手握り持ちて
赤駒に 倭文鞍うち置き 這ひ乗りて
遊び歩きし 世間や 常にありける
娘子らが 閉鳴す板戸を 押し開き い辿り寄りて
真玉手の 玉手さし交へ さ寝し夜の いくだもあらねば
手束杖 腰に束ねて
か行けば 人に厭はえ かく行けば 人に憎まえ
老よし男は かくのみならし 玉きはる
命惜しけど 為むすべもなし
瑞々しかった若い女性も、いずれ髪に白髪が顔にはシワが目立つようになり、
雄々しかった男も、いずれ杖に頼るようになり路行く人々に疎ましがられる。
年月はただ流れていくが、どうしようもない、命は惜しいが、どうしようもない。
という歌です。
千数百年の間、この歌に描かれたような人生を、誰もが歩んできていて、
昔も今と同じであったのだという不思議な親近感とともに、
悠久の歴史の中、常に同じ営みを繰り返しながら、
子孫を継承している人間の存在とは何なのか、
この繰り返される営みとは何なのか、
無限に続くかのような連鎖の中、自分という存在はただ風に吹かれる緑葉のようになんとも頼りない儚いものなのか
そんなことに思いを巡らせ、呆然としてしまいます。